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杉木立の中に数奇屋の黒瓦が現れる

福島西インターをおりて猪苗代方面ヘ車の鼻先を向けると稜線がくっきりとある秀峰、吾妻山と安達太良山が立ちはだかる。良質の温泉がこの山々に沢山湧いているのだ。
目指すは、そのうちのひとつ土湯温泉。

新緑から濃い緑へと変わろうかという頃なのに、山の部分部分には白いものが残る。
道中牧場が見えたり、地ビールエ場の看板など。なんだか楽しくなってきた。
「ぼけ封じ観音」の看板を見つけて「お願いしたら」と失礼な連れ。

あと30分け走るかなど思ってたら、あっけなく到着した。しかし充分山の中だ。
土湯の温泉街へは入らず、曲がりくねった小道を下って行くと、里の湯は杉本立に隠されていた黒瓦を少しだけ現す。木々にの揺れる音、それに混じって微かに聞こえる渓流の瀬音。不意に聞こえる野鳥の囀りに静寂が際立つ。そこに数寄屋造りの建物が一軒宿のようにひっそりと佇んでいる。これぞ隠れ宿。

敷地内の遊歩道を散策すると杉木立が木漏れ日をつくり、山の匂いを感じながら歩く清涼感。産ヶ沢に泳ぐ岩魚を探して楽しい時間を過ごした。

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野趣に富んだ露天風呂

なによりここでの楽しみは檜の内湯、家族風呂、露天風呂のすべてが貸切であること。
チェックインのときに3つの貸切の時間を決める。これで滞在のスケジュールの大方が決まり、若十窮屈なかんじもないわけではない。ただ、それと引き換えに得られる貸切の独占気分は何もの目もかえられない。

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「昨日は近くにカモシカが来ていたんです」と支配人。

その杉木立の合間を縫う渡り廊下を歩くとそこには森の香りが充分に漂い、木々目隠されていた露天風呂が現れる。

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面白いことに、湯の中に本のベンチがつくられていて、芸術的な杉本立を眺めつつ湯を愉しむ。

 

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さらに渓流の際まで降りていくと、八角形の風呂が現れ、森林浴気分で湯に浸る。野趣に富みながらも決して粗雑にはならない品格。無色透明で肌触りのやさしい湯は長湯へと誘う。

この湯にこれ以上気を許したら、意識が体から離れていきそう・・・。
そんな感覚に酔いながら、ひたすら無に落ちていく。

連れは、「この露天風呂以上のものにはまだ出会ってないねぇ」と生意気を言うが、私も同感。この露天風呂での至福のひとときは、里の湯以外では感じることができない。

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連れ合いと親密度を深めるには、家族風呂がいい。露天と内湯が続きの風呂は、いずれも緑の喜びにあふれ、エレガントな化粧台まで備わり魅惑度たっぷり。古代檜の芳香に癒される内湯も、もちろん貸切り。さらに各部屋の檜風呂にも、温泉が引かれている。

 

ほうけたOFF

夕食の時間まで、読みかけの本を取り出した。たまにはこういう時間の過ごし方がいい。窓は網戸にして外の空気を導く。緑、遠くに聞こえる爪音、遊ぶ野鳥の声……。のどかな土湯の自然を全身で感じた。

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土地の良材を季節感豊かに

高級食材を並べた気張った懐石かと思いきや、この土地のものを季節感豊かにというのが「里の湯」の基本姿勢。郷土の味覚に軸足を置きながら、四季折々の新鮮な味覚を懐石で堪能させてくれる。

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瓜をくりぬいて造りの皿にしたり、かぼちゃをくりぬいて冷製スープの器にしたりという演出も里の湯らしい。

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この日私たちを虜にしたのは、ジャガイモを練って粘りを出しフォアグラを閉じ込め餡かけにした品。まったりとした食感と品のある風味が今でも口の中によみがえる。

秋ごろはやはり茸だろうなと、妄想が膨らむ。近くの山に自生する天然舞茸の天ぷらがリピーターを魅了するそうだ。そう、里の湯は自然と二人三脚なのだ

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私のためだけの宿

理想の宿を目指し、自ら一年以上かけて全国の名だたる宿を泊まり歩いたという、今は亡き先代。自分か一客人として憩うため、伴侶の笑顔を見たいがためにこの地に宿をはじめたのだと思う。うわついたきらびやかさとは無縁であり、高級旅館で感じる堅苦しさもない。あたかも私のためだけにこの静かな杉木立に潜んでいてくれたような、そんな気分にさせてくれる居心地、それが里の湯の魅力である。

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