活きのいい鮮魚を質の高い料理に。迷わず選ぶ宿
天然の生簀でたっぷり脂がのった寒ブリ
氷見からは、富山湾越しに望む立山連邦。いつも見えるわけではない。だからこそ、見えたときは山が近く、神々しい。
富山湾は、天然の生簀とたたえられる魚の宝庫。なかでも氷見沖には「ふけ」と呼ばれる海底があり、プランクトンの豊富な場所。この恵まれた環境、冬場は脂をたっぷり蓄えた寒ブリが、魚にうるさい輩の舌を唸らせる。
日本近海を回遊するブリが富山湾で一休みし。ここでさらなる航海のためにじっくりと脂肪を蓄える。だから脂ののりが、ほかとは比べ物にならない。
海と山の旬。その絶妙な取り合わせ
豪快な漁師料理ならば、漁師町を探せばいくつもあるが、この活きのいい鮮魚を、ひとつ質の高い料理にして食べるとくれば、迷わず選ぶ宿がある。ご主人自ら板場を仕切るのは、魚恵のご主人、浜出さん。
自ら仕入れへ行き、その日手に入る一番いい素材で本日のメニューが決まっていく。さらには、山へ分け入り、山の食材を採りにも行く。こういう料理こそ、その土地の本当の美味しさを味わうことができる。
新鮮さを何より大事にした海のものと、仕込みからじっくりと手間をかけた山の旬との絶妙な取り合わせを楽しめるのだ。
フランス料理顔負けの盛り付け
フランス料理顔負けのきれいな盛り付け。連れは早くも、「おいしいねぇ?」を連発して興奮気味だ。
実は私たちはことのほか楽しみな企みがあった。氷見のすぐ近くに西田(さいだ)という筍の産地がある。この朝、地主さんに同行させていただき、筍を掘らせてもらったのだ。
氷見で掘らせてもらった筍、これを料理にしてもらったさぞかし旨かろう……そんな下心をたぎらせながら魚恵へ。
自分で掘った筍がすばらしい料理に
朝、女将さんが勝手口で泥付きのセリを洗っている。筍を持っていってみると、これを快くこの日の料理に取り入れてくれた。自分で掘った筍を誇らしい気持ちで持っていったものの、本当は迷惑ではなかったかと心配になったが後の祭り。
料理は品ごとに順々に運ばれてくる。まずはサヨリの蕨乗せこれを旨い味噌でいただく。一緒にやってきたのは我が筍。しょうが醤油ベースで軽く煮たイワシとイカにサイコロ状の筍をしき、その間から筍がにょっきり。春の野をイメージしてくれたのだ!
続いては軽くあぶった鯛に行者にんにくと赤味噌がのる。敷かれたフレッシュトマトと一緒に口にほおばるとまさに未体験の味が広がる。隠し味になにか入っているようだ。
続いては目にも麗しいフレンチのような盛り付け。甘エビに株のスライスがのりハーブのドレッシングが効いている。次にどんな料理が登場するのか期待が盛り上がり、同行の連れ合いと、いつになく上機嫌で料理をいただいたような気がする。
氷見の漁港は1日に40?50種類、年間にして600種類もの魚介類が水揚げされるというから、素材の味だけでも十分に勝負のできる地の利がある。それがこのご主人の腕によって野や山のものと出会ったとき無限のバリエーションが生まれるのだ。それともうひとつ気づいたことが、出汁のとり方やソースづくりなどとても手の込んだ料理でありながら、それぞれの素材自体にはあまり手を加えていない。鮮魚自体の歯ごたえや色つやを存分に楽しめる料理なのだ。
極めつけは筍の揚げ物。今まさに揚げたてのお互いなみだ目になった顔を見合わせて笑うしかなかった。自分で掘ってきた筍と、こんなすばらしい料理になって再会できるとはなんとも贅沢。
筍の微かな香りが、のどの奥に抜ける吸い物をいただくころには、私たちはすっかり幸せな気持ちになっていた。
“旨い”に対する心意気
民宿とはいえ、料亭風の風情ある佇まい。別段仰々しい挨拶があるのではなく、女将さんの目の届く客室数。ご主人はあまり表に出てこないが、自ら腕を振るう料理は”旨い”に対する心意気を感じる。きっと料理を通して、お客さんとコミュニケーションしているのだろうな。