岐阜 奥飛騨・福地温泉 かつら木の郷
お部屋
古民家なのに心ウキウキしてしまう宿
豪農の屋敷を移築した母屋
奥飛騨の新緑は遅く5月。雪に姿を変えていた水が沢に溢れ出すと、待ってましたとばかりに山肌から若い緑がもうもうと湧き出す。
私も連れも大好きな季節だ。道端に白樺が混じり始めると、奥飛騨温泉郷も近い。通りから外れた福地温泉は、時が止まったような山間の小さな集落。そこは秘めやかな空気に身を隠したくなる素朴な隠れ里。
車を降り、少し長いアプローチを歩くとき、かつら木の郷での物語はもう始まっている。桂の木々が生い茂る中、母屋をベースに離れが集落のように点在する。囲炉裏の煙の匂いをかぐと、一気にその世界に引き込まれる。
約150年前の豪農の屋敷を移築した母屋の内部は、炭で燻されたたくましい梁が渡り、黒光りする床板は一つとして同じ形のものがなく、その不揃いさが集合体になったとき、見事な造形物になる。
ここにアンティーク調のソファーが置かれると、古民家が上質な空間に生まれ変わるから不思議。心落ち着くはずの古民家なのに、二人ともはしゃぎださんばかりにウキウキしてしまっているのは嬉しい誤算だ。
広い敷地に客室わずか10室。長い渡り廊下が地形そのままの斜面を登りながら繋ぐ。通された客室は離れで、本間と囲炉裏の間の二間続き。ここは田舎の一軒家かと思うような窓からの景色に心湧く。
予約なしで入れる露天と内湯セットの貸切風呂
豊かな木々に囲まれたお風呂は貸切を含めると湯船は全部で8つもあり、それぞれが看板風呂級の顔をしている。
縁からはたっぷりとお湯があふれ出ている。露天は野趣満点の岩風呂で、ドでかい岩がトンネルを作り、その遠く空のほうには高い山が頭を覗かせている。ここでしばし湯と戯れた。男湯は山の眺めが素晴らしく、連れに聞いてみると、女湯は木々に守られてるような感じらしい。
重厚な檜の梁が見事な内湯。
湯上り処で待ち合わせて今度は露天と内湯がセットになった貸切風呂。わけもなく露天と内湯を行き来して、その贅沢さに戯れる。時間制ではなく、空いていればぶらり入っていけるのがうれしい。
春は、春山山菜づくし
夕食は、囲炉裏の備わる個室で頂く飛騨創作懐石。メインは、囲炉裏で焼く特選飛騨牛。網焼きなので余分な脂は落とされるが、それでも霜降りの肉は噛むとジュワーッと旨い脂がにじんでくる。これは定番メニューなのでいつの季節でも食べられるが、むしろ面白みのあるのが、料理長の創作の部分。
当然、季節の旬が素材として使われるのだ。訪れた季節は「春山山菜づくし」と銘うたれた料理。山菜はすべて、近くの山から摘んでくるのだそうだ。先付けタラノメ。
前菜はニンジン葉の和え物、二輪草の卵とじ、フキノトウ味噌、うるいピーナッツ、つくしの胡麻和え。
汁物は山蕗のおこげ、アズキ菜川鱒のスープ仕立て。
造りに至っては岩魚とこごみのこぶ茶和えサラダ風。しなやかな料理。山菜がメインの食材なのにまったく飽きさせない。これなら秋にはきのこづくしが食べれるなと、二人で気の早い算段。
もう1泊できないかなぁ
館内で私のお気に入りの場所となったのは、吹き抜けのロビー。チェックアウトまでの時間をしばらくここで過ごした。この日天気はよく、ガラス戸は開け放たれ、木々の緑が床に映りこんで、磨きこまれた床を緑色に光らせている。
気持ちいい風が吹きぬけて行く。虫の声も心地いい。子どものころ、夏休みを田舎で過ごすのが夢だった。セミの声がぐるぐる渦巻く山の中、川遊びをして、はしゃぎながら蚊帳の中に篭って寝る。
そんなノスタルジーにひたっていると、「もう一泊できないかなぁ」と連れがつぶやいた。