静岡県 伊東温泉 オーベルジュ花季 (はなごよみ)
宿泊日 2010年6月
お部屋 3階和室
まだ2度目ながら、ずうずうしくももう常連気分。そんな気分にさせてくれる宿なんです。大瓶から生えるアジサイ越しの暖簾に「花季」の字を確認して、格子戸をあける。
ウェルカムカウンターで女将の時子さんと約1年ぶりの再会。お部屋のほうはいたってシンプル。まるで我が家で寛いでいる気分だ。籐の椅子でまどろんでいると川音を運んでくるそよ風が肌を撫でていく。
軽く昼寝した後、部屋のお風呂へ。湯を当てると、古代檜の香りが蘇ってプーンといい香り。掛け流しというわけにはいかないだろうが、源泉で風呂桶を満たしているようです。ジャグジー付。
おまちかねの、ディナーの時間。たった2室の宿。料理をベストなコンディションで食べるのにこれほど適したシチュエーションはない。そして、料理を一品づつ運んできてくれる時子女将のちょっとした昔話が楽しい。
えんどう豆の温スープはサラサラした口当たり。薄味で伊勢海老の塩気を引き立てている。心が洗われますね。中央には味噌を含んだ伊勢海老がコクを楽しませる。
来ました、いかにも花季らしいプレゼンテーション!ずっと眺めていたいくらい。自家製スモークサーモンが感動的に旨かった。
蟹とそら豆の羽二重蒸し。上品な和のテイスト。
おくらのとろろ素麺には驚きました。地だことシマダイに島ラー油がちょっとかかる。これがなんとも不思議な香ばしさ。意表をつく素晴らしい味でした。
イサキの表面はカリッと揚げてあり、トマト風味の和風クリームソースをたっぷり吸い込んでいます。サイコロ状の新ジャガがまたいい。とても旨かった。
デザートはフルーツのカクテル、そら豆のアイス、パウンドケーキと生チョコ、あずきの白玉
料理に恋する瞬間
ミシュランに載るような高級フレンチ店(行ったことないけど)よりも、私にはもっと大切にしたいオーベルジュがある。
「ステキ。」 このフレーズを男子が使うとへんな空気が漂うが、花季の料理を思うとどうしてもこの言葉が思い浮かんでしまう。
地元相模湾の海の幸と自然の仕組みに逆らわない農法でこだわりの野菜を育てる佐々木農園の野菜、そして裏山の山野菜が美しい器の上に見た目も味も繊細に表現され、その麗しの一品一品はストイックなまでに磨き込んだ刃物のように輝きを放って向かってくる。料理に恋する瞬間だ。
「orchestraの指揮者さながら厨房の良質かつ個性豊かな素材を芸域の高みへといざない至高の完成品を紡ぎだすchef・・・」
「『花季』と云う劇場の幕が上がる。演劇の題目は『料理』」
残念ながらこれは私のオリジナルではなく、部屋の思いでノートに書かれていた一説。この料理を食べたらだれもが詩人になるのかもしれない。
料理のコンセプトに聞いてみた。これだけの料理だからさぞや高尚なこだわりがあるのかと思っていたら、意外にも
「お食事の時間が楽しい時間になってもらえるように。」
だった。ここはとっても重要なポイント。自分の料理に対する評価が重要なのではなくて、お客様が楽しい時間を過ごせるかが重要なのだという。そんなところが花季らしい。
オーベルジュ花季は2室しかない。だから行く前はずいぶん特殊な世界に感じていたのだ。ここは伊豆。田舎からのこのこ出てきた私にとっては都会の温泉地なのです。ならば高度に洗練された隙のない宿なのか、それとも京都の老舗旅館のように一見の客を拒むような敷居の高い宿なのか・・・見えない敵?は心の中で巨大化していました。
伊東の海岸通から駅前あたりまではたしかににぎわしい。観光地としての賑わいに加えて生活の場所としての雑多な感じが入り混じっている。それが花季のあるエリアまで近づいてくると、あっけないほどに閑静な住宅地にたどりつく。細い路地にひっそりと、民家と見分けのつかないくらいに宿は佇んでいる。
今回で2度目の花季。大きな瓶から青と紫の紫陽花が生え、その後ろに麻暖簾がぶらさがる。「花季」の字を確認して引き戸をガラリ。静に聞こえてくるジャズ。そこはカウンターのみのほの暗い喫茶ルーム。以前は過度な妄想を抱いていたというのに、ずうずうしくも2度目でもう常連気取りの自分がいる。
旅館に到着したならば「館内散策」をぶらぶらするものだが、それは望むべくもなく、かといって山菜や野菜、椎茸などの食材が育てられている裏山へ足を向けてみるのも結構だが、これといってお客向けに整備されたものではない。余計なものは一切ない。つまり花季というのは戸惑うくらい小さな器なのだ。あまりに小さいこの宿にやけに肩入れしてしまう自分が不思議だ。 3階の部屋に落ち着いた。まるで我が家で寛いでいる気分だ。でも違うところが有る。残念ながら我が家の窓を開けても松川の流れを見下ろすことはできないし、どれだけ待っても川音を運んでくるそよ風が肌を撫でていくことはない。籐の椅子にこしかけて川音を聴くとはなしにきいてみる。伊豆に連なる山並みが川に沿って稜線を描く。ところどころに旅館と思われる大きな建物がはめ込まれているので山の景色を期待すると残念な気持ちにもなるがそれはそれで伊豆らしい。たまに聞こえる鳥の声。小学生の登下校。車の音は多くはない。そのまま少し眠った。
非日常を演出した建物では無いのに、不思議と普段の生活を忘れさせてくれる。 ここからは女将さんからの話をきいて私なりに想像を膨らませたことなので、正しくないことがいくつも含まれてるかもしれません。 オーベルジュは花季はそもそも「オーベルジュをつくろう」としてできた宿ではない。周りが大型ホテル旅館へと建て替えられていく中、「素人が2室の宿で何をするか」と影口をいわながらの開業。この2室という小さな器の中でどうしたらお客さんが喜んで帰ってくれるか。大洋に漕ぎ出した小舟は引き返すこともできず、その答えを探しながら漕ぎつづけるしかなかった。そうするうちに、家業3代の女性たちはそれぞれがおもしろい力を発揮し始めた。
有名百貨店で売られるまでになった胡麻豆腐をあみ出したおばあちゃん。そして「お客さんは恋人。」をモットーに品のある振る舞とあたたかく人柄で全国にファンをもつ女将の時子さん。そしてシェフの明恵さん。彼女はもともと料理人ではない。グラフィック関係の仕事をしていた明恵さんが、家業の「花季」に戻った後は、京料理の料理人から5年間みっちり指導を受け、今や全国の美味しいもの好きの心をときめかす看板シェフだ。21年間の毎日の積み重ねと感性で、独自のスタイルを築いてきたから、花季でしか味わえない唯一無二の世界がここにある。
設備にお金をかけた宿、スタッフがしっかり教育されている宿、流行のつぼを押さえた人気宿は世にいくつもあろうが、こころが伝わってくる宿というのはそう多いものではない。さらに言えばオーベルジュ花季という世界はここにしかない。 花季と言う、小さな器に凝縮されたステキさ。宿を後にすると”さらり”と日常生活に戻らせてくれるが、心の中に意外に大きな灯りを灯していることに気づいて嬉しくなる。
この宿泊レポートの下書きブログ
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