秋田 乳頭温泉郷 妙乃湯
お部屋 桜館
秘湯にあって女性連れにふさわしい、とっておきの宿
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バロック音楽の鳴る廊下に香が漂う
田沢湖から山へ向かったところにブナの自然林の中に7軒の宿が点在する。鶴の湯温泉、妙乃湯温泉、大釜温泉、蟹場(がにば)温泉、孫六温泉に休暇村田沢湖高原、これらをまとめて乳頭温泉郷という。
最後を除き、温泉名が宿名になっていることからも分かるように、各宿が自家源泉を持ち、さして広くないエリアなのに色や匂い、効能もさまざまというところがすごい。
快晴だったこの日は、緑のシャワーを浴びながら鼻歌混じりのドライブ。鶴の湯を過ぎたあたりから道の表情はがらっと変わり、ブナやナラの木がそばまで迫る。
「5月末?7月の初旬までは新緑の季節でおすすめ。紅葉の季節ほど気ぜわしくなく、おまけに山菜が最高に旨いシーズン」と聞いていたので、6月に予約を入れた。梅雨を心配したが抜けるような青空。これはついてると思ったら、「梅雨の間も天気のことが多いですよ。終わり頃にザーッとふるだけですから」とのことだった。
民芸調の宿の戸を入ると、バロック音楽の鳴る廊下には微かにこう香が香る。
金泉は、褐色の湯の花がもわっと広がる
先達川の堰を借景にする混浴の露天風呂に出た。真っ青な空に居心地が悪いのか、一片の白い雲が恥かしそうに逃げていく。空の青、ブナの緑、湯の褐色。原色をあつめた色彩美。
湯の色は黄を帯びた褐色だが、日の光を借りてブナの緑をそのゆったり波うつフォルムに映すとき、途方もない美しさを奏ではじめる。
混浴だが、幸いほかに客はいない。その美しさに無防備にも立ち尽くした。
縁に頬杖ついて足を後ろに投げ出し、景色を眺める。目の前で、先達川の清流が堰からあふれ、ナイヤガラのようにザーッと流れ落ちる。音を聞いていたら何か物事を考える気など失せていく、心を洗い流されるようだ。
金泉は顆粒感があり、底をかき回すと褐色の湯の花が、もわっと広がる。素肌にシルクを着たような、湯に撫でられるような感触が心地いい。一方、銀泉はニュートラルな感じだが、少しイオウのにおいを感じる。こちらもいい湯だ。混浴はバスタオルOK。
風呂上りには、ブナ林からの湧き水が用意されている。うれしい心配り。
部屋は清潔で快適そのもの
今でこそ温泉地の人気投票をすれば、必ず上位に顔を出す「有名すぎる秘湯」だが、かつて「鍋釜しょって」の湯治場だったのは、そう遠い昔の話ではない。夜の帳がおりると、古のころの静けさをとりもどす。
8畳の部屋。バス・トイレはないが、清潔で過ごしやすい。部屋に入って無意識にテレビのリモコンを探している自分が、いやになった。部屋にテレビはない。頼めばもってきてくれるが、今日はテレビを見ないことに決めた。
6種のきのこ汁は、すばらしく美味
夕食は地元で採れた野菜、山菜、キノコ。これらに一手間も二手間もかけた料理だ。山のきのこ汁は6種類のきのこ。味付けはシンプルに香りと食感を楽しむ。素晴らしい美味しさ。生のきのこ類がある秋にも食べてみたいと思った。
食器も、いい物を使っていて料理を引き立てる。季節によって食器は変えているそうで、初夏の今は、ガラス器が涼しげ。
食後に湧き水で淹れたコーヒーを飲みながら、ほかのお客さんの声に耳を傾けると、口々に“よかったなぁ”と言っている。「テレビ借りないでよかった」「窓を閉めたら、川の音がちょうどのBGMだった」など。
20代の娘さんたち3人組は、はぱぁっと花が咲いたよう。昨晩は遅くまでおしゃべりをしたに違いない。そんなグループもまったく違和感がない。
秘湯といえば不便さも一興というある種の“覚悟”は、男には受けがいいのだが、女性を連れて泊まるとなるといろいろ気をつかう。快適さを求めたとたん、秘湯は幻想となり現実と向き合わされる羽目に・・・・・・。
もし同感の方は、一度妙乃湯をためしてみるといいだろう。秘湯にあって連れを伴って行ける、とっておきの宿なのだ。